本記事は、noteで公開予定の「狙うならマンジャロ」について、前提・背景・補足を含む事前解説です。
第1話 「狙うならハイエース」はnoteで公開していています。3分の2は無料で読むことが可能です。
狙うならハイエース[note]
前提
私は男性・女性問わず、現実生活において、容姿は人が社会で生きるうえで重要な要素であることは間違いないと考えています。例えば、私は経験がありませんが、美容整形についても私は完全に肯定派です。学業やスポーツ、仕事など様々な画面で努力した結果、自分を好きになれることは人の人生においてとても意味の大きな事ですし、生きる上での目標と考える人も多いでしょう。しかしながら、自身の容姿が嫌いで自分の事が嫌いだったり、認められないと感じたり、他人にバカにされるのは、自己肯定感を大きく損なう可能性も一定程度あるのではないかと考えているので、努力で改善しない要素を美容整形などによって解決するのは、現実的なアプローチだと肯定しています。
マンジャロを使用する行為のリスク
本作で扱ったマンジャロについては私は否定派です。「2型糖尿病」の治療薬として承認・保険適用、肥満治療や美容目的での使用は承認外(適応外使用)となり、全額自己負担の自由診療となっていますが、吐き気、下痢、便秘、食欲不振、低血糖などの副作用に苦しむ可能性があり、承認外の目的で使用して重篤な副作用が起きた場合、国の「医薬品副作用被害救済制度」を受けられない可能性があり、個人間の売買でなどで扱われているものについては、それが正規の成分を含む薬剤なのか分からないという恐ろしさもあります。
都会で挑戦することと、都会ゆえの苦しさ
前作では地方社会の若い男性と地方ゆえの不条理を描きましたが、都会にはまた違う辛さがあります。例えば地方から上京し、勉強に励み、自信を磨き成功するのだと意気込み生活していく中で、多くの人が思い描いていたキラキラしたものとは違う現実に直面します。
『努力するまでもなく多くのものを最初から持って生まれて恵まれた環境で育ち自分よりも遥か先に居る同世代』
『必死に努力を続けても向上を実感できない日々の生活』
『それらに対峙し戦い続ける中で消費されていく時間と若さ』
様々な形で困難に直面する中で、例えばインフルエンサーとしての成功を目指す試みも否定はしません。ですが、そこにもまた別の辛さやハードルが多く存在していて、変えようとする試みで日々味わい続けているものに近い辛さを感じる事も多いのも残酷な現実です。
それが絶対的に正しいという訳ではないのですが、痩せて綺麗になったと判断されるケースは実際に多々あります。本来ならば日々の適切な食事と持続的な有酸素運動によって自分が納得出来る体型や体重を目指すのが正解ですが、日々の生活の中でその正しいアプローチに時間や労力を割くことが出来ない場合もあるのが現実です。今作ではそれを解消するために非正規のルートでマンジャロを手に入れた女性を設定しました。前作と同様なのは、SNSの利用とそのリスクの部分で、これは都会も地方もある種問題の根っこは変わらないと考えています。
レッドオーシャンへ参加するということ
YouTuberでもインフルエンサーでも別のものでもそうでしょうが、話題になっている時点で競争は既に加熱しています。後から参加するということ自体がその時点で不利な状態から成功しなくてはならないという現実があります。何かしらの形でレッドオーシャンに飛び込んで挑戦するときに、敢えて考え直すべきは本来の日々の生活の地道な改善なのかもしれません。
その行為に意味があるかは別にして、20代の人が一日の間に面識のない100人の同性に話しかけろというミッションを与えられたととします。地方と都会を比較すると、成功の確率は格段に都会の方が高い。行動さえすればとりあえず人と何かしら出会う事が出来る可能性が高いという事実が、都会で富を手に入れていない若い世代が実際に行動次第で実現できる最大の武器やメリットなのかもしれません。人との出会いを多く獲得する事以上の現実を好転させるアクションは無いのかもしれないと思うくらいです。勿論、そこで人が話を聞いてくれるかということについても、容姿や会話のテクニックなどで差が出るのですが…
あまり語りすぎるとネタバレが過ぎるので、この辺にしておこうと思います。2作目で描かれる女性は、一体何について挑戦しようとしていたのか、重要な事に気づいたのだろうか。そういった視点で読んでいただけると見えてくるものがあると思います。