はじめに
ChatGPTなどのAI活用において、「これは正しいか」「論理的に正しいか」と尋ねる人は多く居ますね。だが、その先、「では、その理論を根拠に誰かに直接言ったらどうなるか」という一歩先までAIが自発的に説明してくれるとは限らない。というよりも言及していない要素についてまで先回りして回答してくれるケースの方が圧倒的に少ない。実際に交わされたある対話を題材に、AIから有用な回答を引き出すための順序と着眼点を整理・解説します。
とあるAIとの対話の再構成
Q1. ある主張に理論的根拠があるかを尋ねる
「フェミニストの一部が『風俗通いは人身売買であり許されない』と主張している。これは働いている女性への攻撃的なレッテル貼りに思えるが、どうか」
AIは、人身売買と合意に基づく性風俗労働が国際法上も概念上も別物であることを説明した上で、それでも「経済的強制のもとでは真の合意は成立しない」とする廃止論的フェミニズム(北欧モデルの理論的支柱)には、単なる悪意を超えた理論的根拠があると答えた。
ここで多くの人は満足して会話を終えてしまいます。しかし、これでは片手落ち。『やはり風俗通いは人身売買であり許されないのだ』と安心・納得してはなりません。この回答は間違っていないのですが大きなリスクをあなたに与えかねないのです。
Q2. その理論を実行に移したらどうなるかを問う
「その理論的根拠とやらを掲げて、性風俗で働いている本人に『風俗通いは人身売買であり許されない』と直接言ったら、訴えられるのでは?」
AIは、名誉毀損罪・侮辱罪は「公然性」を要件とするため一対一の発言では刑事上成立しにくい一方、事実に反する断定として名誉毀損の構成要件に触れる可能性も指摘した。更に、民法上の「名誉感情侵害」は公然性がなくても成立し得ることについても一対一の直接的な侮辱的言辞だけで成立し得ると言及。仮に刑事罰は免れたとしても、慰謝料請求の対象になり得るということを、再度の質問によって初めて回答しました。
Q3. 理論の正しさと実行のリスクは矛盾しないのかを確認する
「理論に根拠があると言った直後に、それを実行したら訴えられると言うのは、回答として矛盾していないか」
ここでAIが示した整理が要点になります。
「理論に学術的根拠があるか」という問いと、「その理論を特定個人への断定として使ったらどうなるか」という問いは、論理レベルが異なる。前者は思想・学説の当否、後者は発話行為の帰結であり、両者は独立して真になり得る。構造的な社会理論(特権論、構造的暴力など)はすべて、この二層構造を持ちます。
Q4. なぜ最初から両方を説明しなかったのかを問う
「理論的根拠を説明する際に、その内容が個人に向けて発言すると法的責任を問われるという注記を、聞かれるまで自発的に付け加えなかったのは無責任ではないか」
これが対話の転換点でした。AIは、リスクが構造的に明白な場面、対象が特定個人に及ぶ断定であり、かつ意見と事実摘示という判断可能な法的分岐点が絡む場面では、指摘されるまで待つのではなく、リスクについても補足すべきだったと回答の不備を認めました。
Q5. 回答する順序そのものをAIに問う
そこで更に問いかけました。
「理論的根拠を先に述べ、法的リスクを再度改めて質問されて後に付け加える構成では、前半だけを読んで行動に移す人を止められない。順序が逆ではないか」
ここでAIは完全に自身の回答の不全を認めて、改めてこう解説し直しました。
直接投げかければ法的責任を問われる可能性が高い。ただしこういうロジックでは(理論として)正しい側面がある」であれば、まず行動に対する制約が先に届き、その後の理論的根拠は「なぜそう主張されるのかの理解」として機能しても、「だから実行してよい」という誤読を誘発しにくくなります。
重要度、つまり「行動すれば実害が生じ得る情報」と「知れば済む情報」とを比べれば、前者を先に置くのが当然の優先順位です。不利益の情報を知らずに行動した場合の損害は不可逆的・重大になり得る一方、妥当性の情報を知らずに慎重になる場合の損害はごく軽微で済む。このような非対称なリスクがある以上、回答はリスクの大きなものを先に提示するのが合理的でした。
こういう部分については、人がリスクを前置きして説明に入る一般的な流れとAIの回答は異なる形になることが多いのです。
このやり取りから導けるAI活用の原則
この一連のやり取りから、AIを実務的に使いこなす上での原則を三つ抽出できます。
第一に、「理論の当否」と「実行した場合の帰結」を分けて尋ねること。 AIに理論的根拠の有無だけを聞くと、その理論を実際に使った場合の法的・社会的リスクは自動的には出てこない可能性が高いと意識すること。特に、対象が特定の個人や団体に及び得る話題では、「これを本人に言ったらどうなるか」まで踏み込んで尋ねる必要があります。
第二に、重要な制約条件・リスク情報を先に、背景説明を後に、という順序を意識的に要求する形で質問することを心がけること。そのひと手間で得られるものは決して小さくないはず。AIは質問に対してかなりの精度で正しい回答を返してくる。だけれども、こちらから言及しない限り、別の側面、今回だと法的リスクなどについては自発的に回答しない可能性が高い。
第三に、「聞かれなくても答えるべきことがあるのにその観点が最初から欠けていたことをAI自身が認めている」裏を返せば、AIの回答は、都合の良い部分だけを切り取れば実害につながる場合があるということ。特定個人への言及や実行可能なアウトプットに直結する質問では、自分から「これは実行段階のリスクを網羅しているか」と問い直す姿勢が必要です。
AIの正しい回答は完全な回答ではない
AIは知識を要約する道具であると同時に、その知識をどう使うかまでは利用者の判断に委ねられています。だからこそ、便利さに流されず、「これは知識として正しいか」だけでなく「これを言葉にしたら何が起きるか」を、AIに、そして自分自身に、順序立てて問い続ける姿勢が必要というのがこの記事で最も伝えたいことです。
勿論、都度都度リスクに関してまで言及して質問するまでもなく、法的リスクなどを先に解説したうえでこの側面で論理的は正しいとAIが自発的に回答することが好ましいのは間違いありません。ただ現状そうではないケースが多い事を理解しておくことが非常に重要です。